短編小説が2作収録された文庫本。
読んでみて、【なるほど…これは上手い作りだ】と感心させられた。
これも本を売る工夫の一つかも知れない、なんてぼんやりと考えたりした。
読み終わった後に本の【売り方】について考えるなんて、初めての経験。
【玩具修理者】 著者:小林泰三
玩具修理者は何でも直してくれる。独楽でも、凧でも、ラジコンカーでも…死んだ猫だって。壊れたものを一旦すべてバラバラにして、一瞬の掛け声とともに。ある日、私は弟を過って死なせてしまう。親に知られぬうちにどうにかしなければ。私は弟を玩具修理者の所へ持って行く…。現実なのか妄想なのか、生きているのか死んでいるのか―その狭間に奇妙な世界を紡ぎ上げ、全選考委員の圧倒的支持を得た第2回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作品。
中々そそられるあらすじである。その後一体どうなってしまうのか、ちょっと気になる。ご多分に漏れず、ワタシ自身もあらすじに引かれてこの本を手に取った口だった。
皆様は短編小説はお好き? 実はワタシは、あまり好きじゃない。
短編小説が悪いわけじゃない。長編小説の方が、より面白いというだけ。描写が細かく、世界が深く、長く浸れる。ワタシにとってはそれが読書の醍醐味。
それなのに玩具修理者が気になったのは、以前に読んだ【アリス殺し】の作者が書いていると知っていたから。あの小説は中々のお気に入り作品なので。
【弟を殺し、玩具修理者(がんぐしゅうりしゃ)に弟の修理を依頼した女】の告白に、じっくりと耳を傾けて欲しい。ほんの20~30分程度のことである。人の話を聞くのが苦手なあなたでも、きっと最後まで聞けるはずだ。話のオチも悪くない。少々ベタかもしれないが、その分後味はキレが良い。
スッキリ読めるのが短編の魅力ではないかと思う。
収録作品【酔歩する男】
この文庫本のページの殆どを占めているのが、実はこちらの物語なのは秘密である。
しかし驚くことなかれ。こちらの物語の方が面白いというのがワタシの素直な感想だ。(!)
しかしなんというか…【酔歩する男】は非常にあらすじが書きにくい。GWに怠けて脳細胞が激減したワタシには特に困難な気がしている。
ある一人の女の子の死によって、人生を狂わせた二人の男の話である。間違えないのでほしいのは、この物語は決して恋愛物語ではない。甘さも切なさも皆無であり、彼らの人生は文字通り狂ったとしか言い様が無い。狂気の沙汰である。
【シュレディンガーの猫】をご存知だろうか?この説の応用にトキメキを感じる人は、是非読んで頂きたい。
ワタシは量子力学という言葉が好きだ(難しいことは何一つわからない)。この言葉(を題材にしたもの)にトキメキを感じる。
閉じた箱の中に一匹の猫と、一個の放射性原子が入っている。この原子の半減期は一時間だ。これが何を意味するかというと『この原子が一時間以内に 放射線を放出する可能性はちょうど五十パーセントである』ということだ。箱の中にはセンサーがあって、放射線を感知すると、毒ガスを発生させて猫を殺してしまう。さて、一時間後に、蓋を開ける時、生きている猫を発見する可能性は五十パーセント、死んでいる猫を発見する可能性も五十パーセントだ。蓋を開ける前に、すでに箱の中には生きている猫がいるか、死んだ猫がいるか、どちらかに決まっている。ところが、そう考えない物理学者がいる。箱の中には非実在の生きている猫と非実在の死んでいる猫がいる。そして、誰かが蓋を開けた瞬間にどちらかの猫だけが実在化し、もう一方の猫は消滅してしまう。
時間の流れが一定方向ではなくなった時、果たして何が起こるのか…!?
【酔歩】とは上手く表現したものだ。ワタシはこの物語を読みながら、目眩のような感覚に襲われた。時間感覚がこれほど重要なものだとは思ってもみなかったのだ。
時間のは常に一定の方向へ流れている。過去から現在、未来へ向かっていくのだ。こんなに当たり前のことが、こんなにも重要だったなんて…。
一定方向に向かって積み重ねることの出来ない日常は、もはや地獄でしかない。波動関数の収束なんて、体感しない方がいいのだ。仮初の不老不死は、終わりなき拷問だ。
読んでいて不可思議な感覚に陥るのは、【アリス殺し】とどこか似ている。小林泰三さんという人の物語は、脳がどこか混乱するのだ。日常では体感できない感覚を味わえるため、非常にオススメである。
【玩具修理者】の面白そうなあらずじで注意を惹き、【酔歩する男】で魅了する。素晴らしい構成の本である。
そんな感じで、本日ワタクシからは以上でございます。
オヤスミナサイ☆|)彡サッ