先月、映画化された【愚行録】を見に行ってきた。
予備知識ゼロ。友人に誘われ、あらすじさえ知らずに映画館へと足を運んだ。
『映画見たらどうせ原作読みたくなるでしょう?』
ジュースとポップコーンを買うため長蛇の列に並んでいる時、友人が文庫本を差し出した。流石である。ワタシはありがたくその文庫本を自分のカバンへと仕舞った。
【愚行録】著者:貫井徳郎
結論から先に書こう。
予想外に映画が面白かった。
ワタシは予備知識ゼロで映画館へ行ったのだけど、余分な知識など無い方がいい。原作を読むよりも先に映画を見たのは正解だったと自分では思っている。原作を読み終わった今も、その考えは揺らがない。
映画【愚行録】
事前にワタシが知っていたことと言えば、1.【愚行録】という映画のタイトル 2.主演は妻夫木聡と満島ひかり 3.貫井徳郎という作家さんの小説が原作であること この3点のみである。
ぶっちゃけ『見たい映画あるから付き合って―』と友人に言われ、『うん、いいよー』と何も考えずにただ映画館へついて行っただけなのだ。
映画を終わった後に友人から、『【仕掛けられた3度の衝撃】っていうキャッチコピーなんだけどさぁ…』と言われて、初めて見終わった映画のキャッチコピーを知ったくらいだ。事前に広告さえ見ていなかった(興味なくて)。
『3度ってどこで衝撃受けた??あ、ホラ、私は先に原作読んじゃってるからさ。オチ全部知ってたし』
そうだよね、そうなるよね。原作読んでるんだから。因みにワタシは衝撃に該当する部分は2つしか汲み取ることが出来なかった。
▲公式サイト(※BGM流れるので注意)
今、ワタシはPCでこのブログを書いているのだけど。
記事投稿画面とは別のタブで公式サイトも開いている。映画の音楽が流れるから。折角だから浸りながら書こうと思って。笑
映画は出だしから辛気臭い。見た人にしかわからないと思うけど、あのバスのシーンで掴みはバッチリだった。ワタシ的に。
あの辛気臭い雰囲気が好きで、知らないおじさんとのやりとりも、主人公のヒネた感じも、全てがワタシの好みだった。だからつい引き込まれてしまったのだ。
【小説の映画化】というのは、なんだか悪いイメージしか無い。
最近見たのは東野圭吾さん原作の【天空の蜂】だ(原作未読)。確かにテーマは面白いのだけど、映像がなんとも言えないくらいショボかった。ストーリーが面白くてもあの映像を見せられると萎える…。CGがショボすぎて笑いそうになるのだ。
そう考えるとハリウッド映画って本当にすごい。資金の桁が違うのだろうけど。
ワタシの大好きな【百舌シリーズ】も、映画【MOZU】を見てその後3日間くらい仕事に集中できなくなるほど後悔した。映画化はダメだ…。
それに比べて今回の【愚行録】はどうだろう。そもそも現実離れした設定がないので極端なCGを使う必要がない。空を飛ぶシーンもないし大爆発が起こるシーンもないからだ。そしてあのちょっと独特な原作の構成。映画化に向いている作品だったのではないかとワタシは勝手に思っている。
そのうちプライムビデオとかで配信するだろうか。原作読み終わったから改めてもう一度観たい。
▼映画鑑賞後のワタシと友人の会話▼
『登場人物が見事にみんなクズだった…。(´゚д゚`)』
『うん。だって、タイトル見て?』
『あぁ、そうか。そうだよね。なるほどねぇ。』
原作小説【愚行録】
ええ、はい。あの事件のことでしょ?
えっ? どうしてわかるのかって?
そりゃあ、わかりますよ。だってあの事件が起きてからの一年間、訪ねてくる人来る人みんな同じことを訊くんですから。
―――幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。池袋からほんの数駅の、閑静な住宅街にあるその家に忍び込んだ何者かによって、深夜一家が惨殺された。数多のエピソードを通して浮かび上がる、人間たちの愚行のカタログ。
原作を読みはじめてわずか数ページ。ワタシは早くも映画を先に見たメリットを実感していた。
惨殺された一家の名字である。【田向さん】というのだが、無知なワタシは多分読めなかったと思う。た、たむかいさん…??(;´∀`)
正解は【タコウさん】である。映画素晴らしい。
映画の主人公は妻夫木聡だが、小説では彼に関する描写が殆どない。生前の田向一家と交流のあった人達が、ただ一方的に被害者について語っていく。
近所のオバチャン、田向婦人のママ友、田向氏の同僚、田向婦人の大学の同級生に、その元カレ。そして田向氏の元カノなど。
それぞれがそれぞれの視点で、【死人に口なし】と言わんばかりに被害者とのエピソードを語り続けるのだ。
きっと誰も、嘘などついているつもりはなく。想い出は、主観によって湾曲された事実なのだろうと想像がつく。一見極端なようで、実際には現実でも日常的に起こっているようなことだから、背筋が寒いのだ。
正に愚行録。日常にありふれた、人間の愚行の記録が淡々と記されている。
フィクションなのに、現実と混同しそうになる。それは一家惨殺事件が実際に起こりそうという意味ではなく、各語り部たち(そして被害者夫婦)の愚行があまりにもリアルだからだ。小説の登場人物たちは、あまりにもリアルの人間臭い。
【愚行録】まとめ
ワタシが思うに、恐らくこの作品は小説だけ読んでもこんなに印象深く残らなかった。正直な所、原作は少々背景がわかりにくい。語り部たちの語りは余りに一方的で、全ての描写を表現するには不十分だ。
しかし映画を観ていると登場人物たちの顔が思い浮かび、彼(彼女)らの話し方が思い浮かび、個性が生きるのだと思う。
この作品には、【最大の愚行は何か】というテーマでもあるのだろうか?ワタシには全てが等しく愚行に見えた。だから映画のキャッチコピーにある衝撃はあまり感じなかった。しかしキャッチコピーにするくらいなので、原作でもその辺をオチとしてまとめているのかと思いきや、なんだか少しインパクトに欠けた気がする。ちょっと大袈裟かもしれないが、最後の最後に肩透かしを食らったような感じがしたのだ。
…なんて、ちょっと批判っぽい書き方になってしまったけれど。個人的には映画と小説を合わせて1つの【愚行録】という作品と認識し、それなりに楽しめた気がしている。
うん、やっぱりまた観たい。露骨に建前で隠された人間の本性とか好きな人にオススメです。欲望・見栄・嫉妬・皮肉に謙遜。当たり前に人が持っている、隠したくなるような感情の渦を一通り見れるよ。派手なシーンはないけどね。
そんな感じで、本日ワタクシからは以上でございます。
オヤスミナサイ☆|)彡サッ