金属アレルギーなOLの業務外報告

金属アレルギーもちのしがないOL。ピアスが好き。休日はちまちま樹脂ピアスを組み立てたり、読書したりアニメ見たり。とにかくインドアな趣味しかないOLの雑記。

あなたは神を信じますか?


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ワタシは無宗教です。日本人の大半はそう答えるのではと予想します。

けれど、そこに矛盾があることも知ってはいるのです。

神様は信じない。

頭ではそう思っている反面、ふとした瞬間無意識に、『神様!』と祈ることもあります(トイレでお腹痛い時とかw)。

【池上彰の世界の宗教が面白いほど分かる本】を読んで

本書はイスラム教・キリスト教・ユダヤ教・仏教・ヒンドゥー教・神道に関わる、これまでの歴史と現在の出来事(執筆時点まで)について解説されている。

さすが池上先生、相変わらずわかりやすいです。

特にイスラム教に関しては、ここ数年ニュースなどで悪目立ちしているイメージ。しかし本当に悪いのか?何が悪いのか?宗教を知らなければ理解が出来ない。理解できなければそれは偏見でしかない気がするので、そこを解決するとっかかりとしてとても良い本ではないかと思うのです。

また、世界では度々宗教を原因とする戦争が起こっています。日本人には中々考えにくいことですが。一体なぜそうなってしまうのか。共感することはできなくても、理由を知ることは出来ると思うのです。

神様、信じますか?

難しいことを真面目に勉強したい人は池上先生の本を読めば良いのです。

ワタシは小さい人間なので、池上先生の壮大な著書を拝読し想いを馳せたのは、世界のことよりも、もっと自分に身近な問題でした。

 

Q1.神様、信じますか?

 

A1.信じません

 

もう長いこと、ワタシの答えは決まっています。

けれどこの答えが正しいと思っているわけではありません。否、この答えに正解はないのだと思っています。また、常に同じ答えである必要もないと思うのです。

神様は目に見えない。ですからその存在を突き詰めてしまうと、辿り着くのは悪魔の証明です。時間の無駄なのでやめましょう。

信じるのも否定するのも個人の自由、他者に強要することはいけません。

 

Q2.そもそも神様って?

 

A2.全知全能、唯一絶対の存在

 

神様、と聞いて、思い浮かべるものは人それぞれだと思います。イスラム教の神様はアッラー、キリスト教はイエス・キリスト、ユダヤ教はヤハウェ、仏教のゴータマ・シッダールタ(仏陀)は…神様とは少し違う存在ですね。

一神教を並べるだけでも、神様が複数いる不思議。上記回答はワタシの個人的なイメージですが、『信じない』と言い切っておいて、ちゃっかりイメージを持ち合わせているのは自分でも不思議に思います。『もしいれば…』という前提の下の回答です。

日本人の大半は【神道】を信仰している!?

もう一つの矛盾。ワタシの回答は一神教に近いものだと思うのですが、日本人の大半は神道(しんとう)に馴染んでいるそうです。いわゆる【八百万の神様】ってやつですね。

日本で生まれ育ったワタシも例外ではなく、アッラーとかキリストとか言われても神様としていまいちピンときませんが、八百万の神様はイメージが湧きますし馴染みやすいです。

美しい自然豊かな土地へ行けば神聖さを感じますし、畏怖の念を覚えます。『木の神様や水の神様、ここにはあらゆる神様がいるよ』と言われれば、とても否定的な気分にはなれません。『そうかも知れないね』と、素直に思うでしょう。

一神教の神様をイメージしたり、八百万の神様を感じたり。信じないと言いつつ拒否しているわけではなく、どちらも受け入れている…と言えば聞こえはいいですが、日本人にありがちな節操の無さとも受け取られそうな気がします。

最後は神に祈るのです

年始の今の時期ですと、最も話題にあがるのは初詣です。

ワタシは今年、初詣には行っていません(行く年もあります)。誘われれば行くのですが、ワタシが自分の意志で行きたいとは思わないので。お賽銭を投げ入れることも、おみくじを引くことも、同様に興味がありません。

観光で神社などに立ち寄ると、友人が参拝している間ワタシは隅で待機して終わるのを待ちます。

しかし神様を拒絶しているわけではないのです。ワタシも以前、熱心に参拝していたことがあります。

長く共に暮らしていた小さな家族が病気になった時でした。

彼女は大きな病気を繰り返し、加齢とともに少しずつ弱っていきました。ワタシは仕事の時間をなんとか融通し、通院を繰り返し、惜しまずに治療費を払い続けました。

けれどワタシにできることはそれだけで、病気は急に消えてなくなったりはしないのです。人間も含めて全ての生き物には寿命があり、現状それに逆らうことはできません。

だからワタシは神様に祈りました。お賽銭も入れたし、お守りも買いました。熱心に手を合わせ、ひたすら頭を下げました。

その時に神様とは、人が最後に行き着くところなのだと思いました。あらゆる可能性を潰し、全ての手を尽くし、出来ることが何も無くなったら、祈りながら天命を待つ。

あの時のワタシは自分に出来るあらゆる手を尽くし、もう他にどうしようもなかった。だから神に祈ったのです。

言い換えれば『神様は信じないな〜』なんて脳天気に言っている現在、ワタシは幸せだということです。八方塞がりなどではなく、祈る前に自分で出来ることがある。判断し、行動する余地があるということです。

 

まだまだ中途半端ではありますが、今のところはこれがワタシの神様に対する考え方です。

そんな感じで、本日ワタクシからは以上でございます。

お疲れ様でした!

 

 

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