金属アレルギーのOLが樹脂でピアスを作る日々。

金属アレルギーもちのしがないOL。ピアスが好き。休日はちまちま樹脂ピアスを組み立てたり、読書したりアニメ見たり。とにかくインドアな趣味しかないOLの雑記。

親との折り合い。 -気持ちの伝え方-


スポンサーリンク

※この記事は2017.6.8に加筆・修正を行っています※

実家より舞い戻りました、金属アレルギーなOLです。

4泊してきました。珍しい…。

皆様、親子関係は良好ですか??

 

じじばばっ子は三文安い??

もしそれが本当なら、私は三文安いことになります。悲しみ…

私は子供の頃から両親が大嫌いでした。ずっと恨んでいました。

その恨みは根深く、二十歳になり社会に出るのと同時に実家を飛び出しました。学生時代、必死にお金を貯めて…。

子供の頃、そんな私の心の拠り所は母方の祖父母でした。

2県向こうにある【おばぁちゃんち】へ、私は園児の頃から通い詰めていました。春休みも、夏休みも、冬休みも。初日から最終日まで、ずっとおばぁちゃんちで過ごしていました。

最終日に両親が迎えに来るのが、この世の終わりかっていうくらいの恐怖でした。両親が迎えに来るとギャン泣きする変な幼稚園児…。

ホームシック?何それ永遠に帰りたくない!!!的な。

そんな状況は小学校へ上がってからも変わることはなく、夏休みの宿題も、冬休みの書初めも、面倒みてくれていたのは全ておじぃちゃん。

私には、子供の頃の両親との記憶があまりありません。

人生もうすぐ30年。

実家で両親と過ごした正月は5回もありません。0歳から数えても、です。

大人になった今でも、お正月になると私は祖父母の元を毎年訪ねています。実家へは行きません。

 

あくまでも過去のお話

こうやって書き起こすとなんだか物凄く険悪な親子のように聞こえるかも知れませんが、別に大きくケンカしたりはしないのです。ただ、私はほどんど帰省しません。

実家とはJR在来線で1時間ほどの近場に住んでいますが、年間3回帰ればかなり多い方かな。年1回がスタンダードです。

両親に催促されて仕方なく帰る、という感じ。

両親にあまり興味がないため、催促されないと【実家へ帰る】という行動を思いつかないんですよね。

年に3回しか帰らなくても、滞在期間は長くて1泊2日。正確な滞在時間は24時間程度です。長居は無用。用がないのでとっとと帰る。

つい2~3年前までそんな感じだった為、4泊5日も帰省するなんてかなり珍しいのです。今年は本当によく実家へ帰ったな…。

多分最高記録です。

2か月に1回くらいは両親と会っていた気がする(実家へ行かなくても祖父母の家で合流したりとか)。

 

今は感謝しています

私が大人になるにつれ、両親とは仲良くなっています。ここ2~3年は特に距離が縮まりました。

今は恨んでもいませんし、無関心でもありません。

子供の頃を振り返って、いい両親だったかと聞かれると【はい。】とは言えませんが…。仕方なかったのだろうと納得することにしました。

私が帰省すると両親はとても嬉しそうだし、子供の頃よりよっぽど今の方が面倒見てもらっている気がします。

お小遣いもくれます。|・ω・`)コッショリ

4泊の間に1日だけ会社に出勤したのですが、10年ぶりくらいで母親の作ったお弁当を食べました。

学生時代は【明日は弁当が必要】となると、必ず嫌そうにしていた母親が。

【明日お弁当持っていけば?】と自分から言い出しました。

耳を疑う娘(私)…。

スルーしましたが。

大人だからね。(-。-)y-゜゜゜

【お母さんが作ってくれたお弁当】はやっぱり美味しい。しかも冷凍食品入ってないお弁当初めて見た気がする。( ̄。 ̄ )ボソ...

つまりはそういう親だったんです。

不覚にも感動して泣きそうになりました。

 

お小遣いって

金額の問題ではないんですよね。

学生時代、毎月決まった日にお小遣いをもらっていました。

今思い返してもありえない少額でした。

それなのに高校生になっても、【アルバイトはダメ】と。【門限は18時】とか。

この絶対に融通を利かせない変な決まりを押し付けるのは父親でした。

遊び盛りの女子高生にとっては拷問のような生活です。

何が問題って、【絶対に例外がない】こと。

例えば地元でお祭りがあっても、花火大会があっても、私はこの規則に縛られているのです。門限が18時で花火見れない女子高生って…。

休みの日さえ仕事でいないような父親でした。たまに顔を見ると口うるさいし。何を頼んでも【ダメ。】しか言わない。

遠足に行く時も、修学旅行に行く時も、私は【お父さんからお小遣い】をもらったことが1度もありません。

誕生日プレゼントをもらったこともありません。

金額の大小の問題ではなく、【父親から何かをしてもらった】という感覚を、味わったことのない子供だったのです。

父の方にも、【子供に何かをしてあげよう。喜ばせよう。】という気持ちがなかったのでしょう。

何年か前に、生まれて初めて父親から【お小遣い】というものをもらいました。

帰省した時の帰り際でした。

私は既に立派な社会人です。

突然父親が財布から出した現金に戸惑いました。

本当に本当に、生まれて初めて見る光景だったのです。

今では帰る度にお小遣いもらっています。|・ω・`)コッショリ

 

結局のところ

 私は両親からの愛情を欲していたのだと思います。

関心も愛情も、何も伝わってこなかった。

それを親の代わりにしてくれていたのが祖父母でした。

私がどんな時も祖父母を優先し、両親に対してあまりにも無関心なこと。

私が大人になって、実家を出てから気付いたようです。

東日本の大震災が起きた時も、私は一生懸命祖父母の家へ電話しました。

混線した電話回線が繋がるまで何度も。

やっと電話が繋がって無事を確認し、祖母に【お母さんに連絡したの?】と言われて初めて親に連絡しました。

祖母は孫に最優先で心配されたことを大変嬉しそうにして、親戚の前でその話を何度もしていましたが、その度に母はバツが悪そうにしていました。

両親は多分、私に対して愛情がなかったとか、無関心だったとか、そんなつもりはなかったんだと思うんです。

ただ余裕がなくて。

二人ともあまり器用じゃなくて。

(弟の病気とかもあったし。)

【伝えること】が出来なかった。

【気持ちを伝える】ってとても大切なんだと、私は身に染みて感じています。

独りよがりではなく、【相手が汲み取れる伝え方】をしなくてはいけないのだと。

現在大人になった私は、子供の頃よりも【親に面倒を見てもらっている】という感覚があります。

【親子の情】というものを、最近知った私…。

 

結論

黙っていては伝わらない。

例え親子でも。

愛情も、感謝も、不満だって。

伝わって欲しい気持ちは、きちんと伝える努力をしなくては。

私が両親に対して不満を伝えられるようになったのも、大人になってからです。

以前はずっと押し黙ったままでした。

家族の数だけ様々な親子関係があるとは思いますが、うちは現在は良好な親子関係だと思っています。…多分。

 

そんな感じで、本日ワタクシからは以上でございます。

オヤスミナサイ☆|)彡サッ

 

▼円滑な人間関係を築くための人格を学ぶのにとてもいい本

 

 

*関連(しない時もある)記事*