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金属アレルギーのOLが樹脂でピアスを作る日々。

金属アレルギーもちのしがないOL。ピアスが好き。休日はちまちま樹脂ピアスを組み立てたり、読書したりアニメ見たり。とにかくインドアな趣味しかないOLの雑記。

熊本の地震で東京マグニチュード8.0を思い出し、東日本大震災を思い出す。

OL生活 OL生活-プライベート

糖尿病の治療をしている患者さんがソフトクリーム食べながら来院してくる現実に目眩を覚える金属アレルギーなOLです。

こんばんは。

自分がなぜ糖尿病になったのかをもしかして理解できていないのだろうか?それとも理解していて敢えてその行動なのだろうか。もし後者だとすればその糖尿病の治療は必要だろうか?その医療費は無駄ではないのか???理不尽な世の中である。

 

日本でまた震度7の地震が起こった。

昨夜、熊本県において震度7の地震が起こったとのこと。震源の深さは約10km。マグニチュードは6以上。

相変わらずプライベートではテレビをあまり見ないという生活をしていますので、この地震に関しても知ったのは今日になってからでした。目覚まし代わりに朝6時15分、自動で電源の入るテレビ。いつもとは違う緊迫した雰囲気のニューススタジオ。昨夜・熊本県・地震・震度7。繰り返し繰り返し発言されるキーワード達。寝ぼけながらもぼんやりとニュースを眺めてしまった。

 

Huluでノイタミナの東京マグニチュード8.0を見た。

実は先日、私はhuluで東京マグニチュード8.0というアニメを見たばかりだった。以前ノイタミナで放送されていたアニメ。

このアニメはタイトルそのものズバリの内容で、東京都を震源とするマグニチュード8.0の地震がおこり、都市部で混乱が起こるというもの。

東京マグニチュード8.0

主人公は中学一年生の女の子。夏休みの初日に、共働きの両親の代わりに弟を連れてお台場のロボット展へ。

退屈な毎日。両親への不満。どこにでもいるような、思春期の普通の女の子。夏休みはどこへも連れて行ってもらえず、弟の面倒を押し付けられる始末。

そんな中、突如マグニチュード8.0の大地震に見舞われる。あまりに突然の出来事で混乱しつつ、トイレに行っていてはぐれたままの弟を必死に探す。建物は崩壊し、火災が起こり、橋は落ちて、お台場は孤立。船を出すと、今度は転覆。

いつも握りしめているケータイは全然繋がらなくて、肝心な時になんの役にも立たない。両親は無事か。生きているのか。自宅はどうなったのか。気持ちばかりが焦り、無邪気に明るく振る舞う弟に苛立ちが募る。

近いはずの自宅があまりに遠く、東京という街の姿は変わり果てていた。

 

家族に会いたい、と

      初めて思った。

 

全11話なので、気軽に見れる長さです。見ようと思えば一気に見れちゃう。<<一晩で一気に見た人。

どことなく家族がうちと似てる気がして(構成も一緒)、見始めたら止まらなくなり一気に鑑賞。すっかり感情移入してしまい、最終回では号泣しました。( ̄∀ ̄;)

最近感動するとスグ号泣しちゃうワタクシでありますが、インスタでタグ見てたら結構最終回で号泣したって投稿が多かったよ。良かった、大袈裟じゃなかった私。(;・∀・)

 

東日本大震災を思い出す。

地震大国日本。首都直下型地震という言葉は、ここ数年ずっと耳にしている。近々起こる可能性が高いらしい。私が生きている間に直面するかもしれないし、しないかもしれない。こればっかりは、自然の出来事だから、ハッキリはわからないし、わかったところで現状は止められない。とりあえずは自分の住む住居が倒壊しないことを前提に、備蓄できるものは備蓄しておくしかない。

東京が帰宅困難者で溢れかえるのは目に見えている。(生き残っただけマシと言える。)勤務中に災害が起こらないことをただただ願うしかない。

東日本大震災の日を思い出す。当時は不動産の仕事をしていた。地震発生時は渋谷で車を運転している最中だった。不幸中の幸いは、たまたま交差点で停止していたこと。(ただし若干の坂道だった。)体感したことのない突然の大きな揺れに、一瞬何が起こったのかがわからなかった。ブレーキを踏んでいるのに車が揺れ動く。助手席に乗っていた社長がサイドブレーキを引いたが、そもそも地面が揺れているので意味はなかった。周囲のビルは舗装工事中のものがあり、足場が大きく揺れて物凄い轟音が鳴り響いた。作業中の人が上から落ちてくるんじゃないかと心配になるほどだった。

代々木の営業所に戻ると、所内は文字通り足の踏み場もない状態で、全ての棚が倒れ資料が散乱し、見るも無残な姿であった。駅前では火災が起こり、混乱は更に拡大。余震も立て続けにおこり、高層ビル群はその後も不自然なほどに揺れ続けていた。当然エレベーターは全てが停止し、場所により復旧は数日を要した。歪んだ世界に目眩を覚える。JRは完全に運転が止まり、その日は復旧することがなかった。かろうじて一部の地下鉄だけが夜遅くに動き出し、運べる限りの人を運んでいた。

四谷の高層マンションの最上階まで、階段を歩いて登った。開けたガラス張りの窓から見える東京タワーは、余震が起こる度にゆらゆらと揺れていた。こんな光景は初めて見る…。階下にはぞろぞろと連なって歩く人々。道路は大渋滞を起こしていた。

TVをつけると街が津波に飲み込まれていた。映画のワンシーンではないのかと目を疑う。紛れも無い、人間が流されていく現実。

 

震源地は東北である。少し離れた東京にいたはずの私でさえ、忘れられない1日となった。これがもし、東京で起こったら…。想像しただけで恐ろしい。

例えばこれが戦争の被害であったなら、人々の心持ち次第である程度防ぐことも可能かもしれない。しかし天災とあってはもはや為す術がない。恨む場所もなく、自然の摂理に従うしかない。(原発の問題はまた別だけど。)

 

今日は今日出来ることをやろう。

明日には明日出来ることを。

やりたいことは全力でやっておこう。

頑張って疲れたら、また明日が来ることを願いながら眠りに落ちよう。

オヤスミナサイ。m(_ _)m

 

  

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