金属アレルギーなOLの業務外報告

全てのストレスを受け流し、気ままにゆるく生きる意識低めなOLの雑記。

【休職】鬱の谷間に転落する瞬間


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ワタシたちの前で、年甲斐もなく泣いている彼女の震える手に握り締められていたのは、精神科の医師が判を押した診断書だった。

 

症状:抑うつ状態

1ヶ月間の自宅療養を要する

 

患者の居ない待合室に嗚咽が響いた。

『自分はならないと思ってたのに…迷惑かけてごめんなさい…』

か細く消えそうな声を震わせて、泣きながら彼女は言った。

 

仕事を休んだ日

 責任者のKさんが、突然神妙な面持ちで話しかけてきた。木曜日の出来事である。

『Cさん、明日もお休み欲しいって』

『え…?』

一瞬意味がわからず、ぽかんとしてKさんを見返した。

『あぁ、Cさん明日もお休みですか。連絡あったんです??何かありました??』

『うん、体調が悪いから明日も休みたいって。さっき連絡きた』

『そうですか。珍しいですね。熱が出たとか?』

『いや、わかんない。体調が悪いとしか聞いてないから…』

『…??そうですか。』

その日、Cさんは元々公休日でお休みだったのだけど、翌日(金曜日)も急遽休みたいと連絡が来たらしい。本当に、珍しいこともあるもんだ。Cさんは滅多に仕事を休まない。

Kさんの神妙な面持ちが、なんだか必要以上に事態を深刻な雰囲気にした。その重苦しい空気が嫌で、私はいつも以上に饒舌になる。

『あの…、ちょっと珍しいですよね? Cさんて、骨折しても腰痛が悪化しても、這ってでも仕事に来るような人じゃないですか。そんな人が、前日から【明日は休みたい】って…ちょっと変ですよね。』

半ば独り言のように呟いて自問した。言葉に出してみて、本当に変だと思う。

なんだか嫌な予感がした。

 

週明け

週末を挟んで、Cさんは結果的に4連休。

そして月曜の朝、事態は更におかしくなっていた。

『Cさんは今日もお休みです』

Kさんがみんなの前で話し始める。

『今日は病院行くってさ』

みんなが変な顔をする。Cさんが仕事を休むのは、それくらい珍しいのだ。4日休んでもまだ回復せず、さらにもう1日。しかも今更病院?やはり変である。

『病院て、何科に行くんですか??』

『いや、わからない…。体調が悪いとしか聞いてないから。なんか聞ける雰囲気じゃなかったし。でも明日は来るって言ってたよ』

Kさんが微笑んだので、少し空気が緩んだ。

 

火曜日

宣言通り、Cさんはちゃんと出勤してきた。

『『おはようございます』』

挨拶を交わして、Cさんの異様な雰囲気にぎょっとした。

声に力がなく、表情が暗く、今にも倒れそうだった。纏う空気は重苦しく、けだるい表情がこびり付いている。

Cさんが更衣室に入った隙に、すかさず先輩が話しかけてくる。

『ねぇ、Cさんヤバイね。』

『えぇ、あれはどう見ても…』

『体の不調じゃないんじゃない?』

『ですよねぇ…』

職場が職場なだけにタチが悪い。ここに居るのは揃いも揃って医療従事者だ。

隠せることと、隠せないことがある。

結局その日、Cさんは全く仕事にならなかった。患者どころかスタッフの私達とさえまともに会話ができない。ただ辛そうにしているだけで、誰とも意思の疎通をはかれなかった。

目まぐるしく行き交う患者と私達スタッフのすぐ隣で、まるでCさんだけ時が止まっているようだった。

お昼にもならないうちに、Cさんに早退するよう促した。『大丈夫』と彼女は答えたけれど、とてもそうは見えない。

私は【Cさんが早退しても現場が大丈夫な根拠】を、出来る限り数多く言い連ねた。彼女の遠慮を取り除きたかった。私の答弁を聞き終わると、Cさんはみんなに謝罪と御礼の言葉を残して早退した。

外来終了後

夜。

患者も捌けて、受付を閉め開放感に浸っていると、昼間早退したはずのCさんが再びやってきた。

電源を落とした自動ドアを細く開け、Cさんを受付内へ招き入れる。

Cさんは、泣いていた…。

『ごめんなさい…』

消えそうな声で呟きながら、握り締めていた診断書を差し出したのだ。

『私…自分は絶対大丈夫だって思ってたのに…』

処方薬が書かれた紙は、既にシワになっている。

紙には非ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤、チエノトリアゾロジアゼピン系の抗不安薬、ベンゾジアゼピン系の緩和精神安定剤の名前が書かれていた。

 

Cさんという人

部署内でのあだ名は『姐さん』。40代で頭もキレる、リーダー的存在だ。

うちの部署への配属年数は誰よりも長く、頼れる存在。サバサバしていて酒豪。

バツイチ子持ちで、しかも子どもさんは先天性の疾患があったりと、プライベートでは不安要素を抱えている人でもある。

Cさんが最期に出勤した日のことは鮮明に覚えている。帰り際までふざけ合って一緒に喋っていたからだ。くだらない会話でゲラゲラ笑っていたはずだ。

何もなかった。あの日までは。

Cさんはいつも通り、元気だったはずだ。

それがたった1日、休みを挟んだだけで。一体どうしてこうも事態が反転するのか。

頭が良くて頼れる存在で、面白くて一緒にふざけ合っていたはずのCさんが、泣きながら精神科医の診断書を握り締めている。

にわかには信じられない。それは私にとって、あまりにも衝撃的な光景だった。

 

鬱の原因

当たり前だが本人はそんな事を語るわけがないので、あくまでも私の推測である。

まず職場。これは該当しないはずだ。

職場が原因のうつ病の大半は人間関係に起因するがCさんは人間関係良好。うちの部署への配属歴は誰よりも長く、ある意味で1番権限の強い立場の人と言っていい。なんなら責任者のKさんよりも強いくらいだ。

そもそも職場に原因があれば、Cさんは診断書を握り締めて泣きながら直接持ってきたりしないだろう。責任者のKさんにだけ話を通して、本社に郵送すればそれで済む話である(そのまま退職する人の典型パターン)。しかし彼女はそれをせず、あえて私達の前に現れた。職場に原因があれば、そんな風に気安く訪ねたり出来ないはずだ(多分)。

次に考えたのが子どもさん。先天性の疾患を抱えており、バツイチの彼女は家計を支えながらその子を育てている。しかしどうだろう…。

子どもさんは学生だが既に義務教育が終了している。その子が原因で鬱になるには【今更感】が拭えない。そういう時期はとうに過ぎているはずだ。以前にCさん本人も、そんなような事を言っていた気がする。

加えて別れた旦那とは良好な関係を続けている(時々話に出てくる)。それらの点を踏まえると、家庭が原因とも考えにくい。

よって私の予想では、原因はCさんの恋人にあるような気がする。時々話を聞く程度だが、随分と仲が良さそうだった。彼との関係に何かしら問題が生じたのではないだろうか。多分…。

 

まとめ

精神のバランスというのは一度崩してしまうと元に戻すのが非常に難しい。若い頃の話だが、私にも経験がある。

症状は人によるけれど、私の場合は食事が摂れなくなった。次第に吐くようになり、いつも便器に顔を突っ込んでいた。ガリガリに痩せて仕事へも行けなくなった。睡眠薬を飲んでも眠れなくなり、錠数を増やしすぎて幻覚も見た。

一人暮らしを続けられず、実家に連れ戻された。

肌も荒れ、骨の浮き上がった自分が鏡に映ると絶望しか感じなかった。

復職して制服に着替えた時は自分でもゾッとした。キツめに履いていたXSサイズのスカートのウェストが、ガバガバになっていた。

私が今、元気に図太く行きているのは、間違いなくあの時の経験があったからだ。【精神を病む】というのがとういうことか、体感として知ってしまった。

何が悪かったのか。なぜバランスが崩れたのか。もう二度とあんな風にはなりたくなくて、色んなことを考えた。

他人に依存しないこと。自分の芯を持つこと。周りに流されないこと。自分で決めること。きちんと選び、潔く捨てること。

あんなに死にたかったのが嘘のようだ。今の私は、殺されるくらいなら相手を殺す。そういうつもりで生きている。

Cさんは、これからどうなるのだろう。1ヶ月で回復できるだろうか。まさか退職はしないと思うけど…。

立ち直るには、自分を変える必要がある。相手や環境をあてにしていては解決しないし、一時的にしたとしても、再び周囲の影響でダメージを受けることになる。

重要なのは、周りに左右されない自分自身だ。

Cさんの回復を願う。

 

 

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